うしぼく通信vol.16 編集後記

うしぼく通信 編集チームによる、編集後記。うしぼく通信制作の裏側に生まれた、誌面には残らない小さな気づきや温度のあるあれこれ。神戸市内という消費地と近い場所で約4,500頭もの牛たちを育てる牧場だからこそ提案できる、牛とともにある暮らし。うしぼく通信の制作を重ねる度に見えてくる、今の神戸牛牧場と牛たちとのあり方をつづります。


変動的で不確実で複雑で、曖昧な時代に、土をみる。

今号のうしぼく通信のテーマは、『土』。うしぼく堆肥が神戸市で『神戸SDGs表彰』を受賞(2023年12月)したことをきかっけに、土を考えることになりました。

壮大なテーマでありながら、最初は面白そうだなぁと意気揚々とリサーチを進めていくと、はまるはまる深い沼。とある書籍には、“地球最後の謎”とも謳われ、研究者たちをはじめ多くの人を虜にし、未だ解明されていないことが多い存在である土というテーマを目の当たりにし、編集者としてどのように関わり合いを見出し咀嚼していくか、という面白くも頭を抱えることになっていきました。

最終的に、土は多様で奇妙で答えのないものであるからこそ、VUCA(Volatility/変動性、Uncertainty/不確実性、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性)時代を生きるといわれる私たちにとって生きるヒントを見出すことができるのでは、と土を教材に学びを得ようと必死にもがく号となりました。ぜひ読んでもらいたいです。

土から、根が石を掴むことを見出す。面白がりかたは無限大。

編集過程で協力してくれた神戸大学 大学院 農学研究科の教授であり、土壌学の専門家である藤嶽先生の取材のおかげでリサーチはどんどん背中を押されることとなりました。本当に心から感謝の気持ちでいっぱいです。取材前から何度かお会いする機会のあった藤嶽先生は、まるで熊のようで、大きくておおらかでにっこりと笑いながら土のことをお話する姿が魅力たっぷり。

「一見土は分かりづらく、結果もでにくいもの。しょうもないと思ったら見えない、面白がることが大事」と話した先生の言葉からも、普段から土と向き合う姿勢が、生きるヒントにつながっていることを感じさせてくれました。

もう何十年も土の研究を続けている先生が最近面白いと思っていることはなにか、と尋ねてみると、「根っこに、はまっている。」と。詳しく聞くと、木の根のほうから土を見てみた時、根は土の柔らかい方に進んだほうが効率的に広く根を伸ばすことができて栄養素を吸収しやすくなりそうであるが、どうやら硬い石のあるほうに根を伸ばしたり、石を掴むように根をはったりしているということを発見したのだと笑みを浮かべながら話してくれました。

その仮説としては、境界には様々な物が集まってくる(栄養素や水分、微生物など)傾向があるようで、根はそれを本能的に理解しているのではないかということ。土そのものを見るだけでなく、土の周囲にある環境から見ていく姿勢。面白がり方には際限がないことを改めて教えてもらった気がしました。

じぶんなりの土壌にゆっくり根をおとしてみる。

発見や気付きの連続だった、土の取材の時間。土は共有財産であり、100年単位の世界で生きている土をみることは、こんなにも面白く奥深い教材であり、そんなものが身近にあるのに、毎日のなかで周囲の人たちとそんな会話があがることは極めて少ない。世界に目をやると、フィンランドでは土が与える環境への影響は小学生でも知っている事実だそうで、日本が合理的な教育を優先しているのではないかと考えさせられてしまいました。

憂いてばかりでは仕方ない。すぐに解のでないことを面白がり、見えない何かやつきあたる壁の周りに愉快なエッセンスが隠れていることを想像しながら、ゆっくり根をはっていくような生き方をしたいものだと、感じさせられました。

うしぼく通信を、土と考えるとどうなるか。

さて、ここまでくるとうしぼく通信として、牛たちとの関係性をどう考えているのか、と問われそうです。様々な編集の切り口を模索してきた、うしぼく通信。いま、編集の方向性として、“一見牛と関係ない人間界における事情だ、と考えているトピックから、牛たちのことをふと考えてみる提案をしてみたい”、そんな想いで作り続けています。

先生との取材のなかで、「土壌とは、生物との関わり合いで生まれるもの」で、「土壌学とは、生命活動が無機物に与える影響をみていくもの」と、いう言葉がありました。確かに、土=茶色いざらざらしたもの、なんて言葉では片付けられない、あらゆるものを受容し、あらゆるものに影響を受け、その姿形を変えながら生き延びているようなもの。ひとつとして同じ土はなく、自分自身に人格があるというよりは、周囲からの影響を惜しげもなく受けて変容していくことを楽しんでいるようなものだとはっとさせられました。

そして、わたしたちがつくるメディア(うしぼく通信)もそうありたい、と。答えを提示するのではなく、あらゆるものに影響を受け合うような余白を持ちながら、長くながく生き延びていく。読み手のあらゆる感情が重なっていくことで、無機物であるメディアがその存在価値を変えていく、そんな土のようなメディアになれたら、これはこれはとても面白いものだと、なんだか話が派生しすぎているようだが、そんなことを思わせてもらえた、今号の制作でした。

筆:うしぼく通信 企画編集 株式会社KUUMA 濱部玲美


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