うしぼく通信vol.20 編集後記

うしぼく通信 編集チーム(株式会社KUUMA)による、編集後記。

うしぼく通信制作の裏側に生まれた、誌面には残らない小さな気づきや温度のあるあれこれ。神戸市内という消費地と近い場所で約4,000頭もの牛たちを育てる牧場だからこそ提案できる、牛とともにある暮らし。うしぼく通信の制作を重ねる度に見えてくる、今のうしぼくと牛たちとのあり方をつづります。


わからない時間が、削られていく。

 空気のように満ちている情報を息をするように、私たちは毎日それを吸い込んでいます。世界の情勢から隣町のできごとまで、現れては消え、消えてはまた現れる。マジョリティの大きな声は、いつのまにか正しさの形をまとい、私たちに意識させないように背中を押してきます。わからないことがあればすぐに調べて、答えらしきものを得て一旦安堵。効率と合理が空気のように漂うこの時代、モヤモヤすることへの耐性がじわじわと失われていきます。答えはきっとある、すぐに見つかるはずだ、そんな思い込みが、いつのまにか内面化されている気がします。でも、複雑に絡み合った社会の中に、ひとつの絶対的な答えなど、本当にあるのでしょうか。

 経済合理性だけを考えれば、大きな牛を買って手早く育てた方がいい。それでもうしぼくは、小ぶりな雌牛を迎え、通常より2ヶ月長い30ヶ月をかけて育てることを選んでいます。じっくり時間をかけて熟成させていく先に、おいしさがある。そう確信しながら、時間と向き合っています。効率と速度が優先されるこの時代に、あえて時間をかけることは、一見遠回りに見えるかもしれません。でも、その遠回りの中にこそ、急いでいては気づけなかった豊かさが宿るのではないでしょうか。「時間をかける」ことが、人生に何をもたらすのか。その問いを抱えたまま、私たちは須磨寺の小池陽人さんを訪ねました。


関係性の中で、ゆっくり立ち上がる味。

 今号でテーマとした、ネガティブ・ケイパビリティという言葉。19世紀のイギリス詩人ジョン・キーツが残した言葉です。「不確かさや疑念の中に、性急に答えを求めず、宙吊りのまま耐えられること」。日常の言葉で言えば、「わからないまま、それでも歩き続ける力」でしょうか。産業革命が世界を塗り替え、合理と効率が新しい正義になっていったあの時代に、キーツは逆を向いていました。そしてあれから200年、効率と速度がさらに加速したこの時代に、その言葉がまた光を放ちはじめています。

 小池さんは取材の中で、宮大工の棟梁の話を語ってくれました。弟子に何も教えない。ただ背中を見せる、そして待つ。間違えていても、答えをすぐに与えずじっと耐える。無駄をさせ、遠回りをさせる中でしか、微妙な誤差に気づく力は育たないからだ、と。小池さんはそれを仏教用語で『啐啄同時』と表現しました。雛が卵の中からつつくタイミングと、親鳥が外からつつくタイミングが一致した瞬間にだけ、殻は破れる。早すぎても、遅すぎてもいけない。じっと待ち、その瞬間を見極める力。それこそが、育てることの本質なのかもしれません。「無駄をしないと、何が無駄かも分からない」。その言葉が、取材を終えた後もしばらく頭の中に残りました。間違えること、遠回りすること、うまくいかない摩擦。そういう「無駄」が、頭だけでなく身体ごと考える力を育てていきます。ネガティブ・ケイパビリティは個人の能力で解決する話ではなく、社会、人、土地、過去それらが複雑に絡み合う関係性の中でこそ、育まれるものという視点が生まれました。

 うしぼくの関係性を見てみると、神戸という土地、地域の農家、1968年から牛と歩んできた歴史、牧場と直営店、食べる人たちがあります。そういうものが複雑に絡み合う中で、うしぼくの雌牛はローカルビーフとして育まれていきます。飼料を変えても、変化が見えてくるまでに1〜2年かかります。完全雌牛への切り替えよりも前、地域飼料への工夫を重ねていた頃から、じつは変化は始まっていたのかもしれません。料理人・秋吉さんが「2024年の冬あたりからおいしくなった気がする」と語ったのは、そういう時間の積み重ねの先のことです。直営精肉店の肉切り職人・手島さんが「個体によるが、おいしくなってきた」と話した言葉も、社長の洋三さんが実感した「さらにおいしくなった」という手応えも、誰かが急かした結果ではありません。摩擦を丁寧に重ねてきた関係性の中から、静かに立ち上がってきた味です。


牛歩のように、それでも確実に。

 取材を終えて、チームの視点に変化がありました。ネガティブ・ケイパビリティは、個人が宙ぶらりんな状況に耐える「個」の話だと思っていました。けれど、小池さんの話を聞いた後、その輪郭が変わりました。それは関係性全体に関わる言葉でした。そしてその関係性を育てるためには、小さな声や気づきを蔑ろにしないことが、一つの在り方なのかもしれません。

 うしぼくでは、牧場と直営店のリーダーたちが集まり、牧場のことや地域のことを学ぶ勉強会『うしぼく塾』を開催しています。そこでの一人ひとりの何気ない発言を、リアルタイムペーパーという形で言葉としてアーカイブしています。「雌牛らしい歩き方がかわいい」という牛飼いの一言、「サケ炭飼料はいい匂いがする」という現場の声。すぐに何かが生まれるわけではありません。ただ、そういう言葉を重ねていくことで、人柄が見えてきて、うしぼくらしい働き方が、じわじわと輪郭を持ちはじめます。その言葉たちをヒントに、これからの牧場の在り方や強みの成長の糧にしたいと思っています。

 誌面に載らなかった言葉、温度、それでも確かにそこにあったもの。今号の編集後記を執筆しながら、改めてゆっくり時間をかけて本質に向き合うことの大切さを振り返ることができました。答えを急がず、わからないまま、一歩ずつ。牛歩のように、しかし確実に。これからのうしぼく通信も分からないことをあらゆる視点の声と対話しながら進んでいきたいと思います。

筆:うしぼく通信 企画編集 株式会社KUUMA 北田愛


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