うしぼく通信 編集チームによる、編集後記。うしぼく通信制作の裏側に生まれた、誌面には残らない小さな気づきや温度のあるあれこれ。神戸市内という消費地と近い場所で約4,000頭もの牛たちを育てる牧場だからこそ提案できる、牛とともにある暮らし。うしぼく通信の制作を重ねる度に見えてくる、今の神戸牛牧場と牛たちとのあり方をつづります。
異なるからこそ、生まれる何か
神戸牛牧場(以下、うしぼく)の精肉直営店『六甲のめぐみ店』が2025年3月にリニューアルされるにあたり、惣菜コーナーが新たに加わることになりました。これを機に、地域農家の野菜とうしぼくのお肉を使って、もっと日常の食卓で楽しんでもらえるような商品を作ることに。
神戸市西区の6軒の農家が「地元に誇れる産業をつくろう」と集まり、57年前に創設された牧場。これまでも地域とのつながりを大切にしてきましたが、今回あらためて、地域にあるものや人との関係を丁寧に見つめ直し、“一緒に作りあげていく”という気持ちが、うしぼくの中でより一層強くなっています。お肉と野菜、牧場と農家。ふだんは別々の場所にあるものが、混ざりあい、つながっていく。そうした関係性の中に、思いもよらない可能性が生まれるのではないか。
前号で肉切り職人が語っていた「越境すること」が、意外な発見や新しい視点につながるという話とも、どこか通じるものがあるかもしれないと思っています。境界を越えるとき、人や想いが混ざりあい、そこに科学反応が起きるのではないでしょうか。そんなことをヒントに、今号では「融合」をテーマに掲げ、編集していきました。
“融”という字は、固体がとけて液体になることを意味し、異なるものが混ざる液体を入れる容器“鬲”の周りには、小さな“虫”が集まっている、という情景が漢字の成り立ちになっているとのこと。そんな情景を想像し、単に混ぜて終わりではなく、混ざりあうことは生命の糧となる行為なのではと考えながら、今号を制作しました。
進むほどに、舵はしなやかに揺れていく
うしぼく通信Vol.18で紹介した経営の思考法である“エフェクチュエーション”に登場する原則のひとつに「クレイジーキルト」という考え方があります。 継ぎ接ぎしながら形づくられていくキルト作品のように、自分たちの手元にすでにあるものや、そばにいる人たちとのつながりを活かしながら、混ざりあって形にしていく。そんな方法に、これからの経営のヒントがあるのではと感じ、経営学を研究されている吉田満梨先生(以下、吉田さん)にお話をお伺いした今号。
「経営学」という言葉に少し身構えてしまいそうでしたが、吉田さんは常に優しく微笑みながら、私たちの話に「うんうん」とうなずき、肯定しながら聞いてくださいました。おかげで、インタビューの時間はとてもリラックスしたものになり、自分たちの身近な出来事を思い浮かべながら、ゆっくりと言葉を交わすことができました。
「目標は一度決めたら変えてはいけない」「達成できなければ失敗とされてしまう」。そんな競争的な空気の中で、目標に対して即効性のない出来事は無価値だと考えて過ごしてきた時代もあったな、とふと思い出す場面もあります。編集の仕事に携わるようになってからは、大まかな方向性は定めつつも、途中で出会う人や新しく学んだことによって、ゆっくり少しづつ舵を切る瞬間が好きになりました。風や波のような、自分では抗えない流れに身を委ねながら、感覚に耳をすませ、周囲と対話を楽しみながら進んでいく、そんな航海のように。わくわくする気持ちを、途中で置き去りにせず、偶然の出会いから生まれる「非合理」な選択ができたときには、そんな自分を、少しだけ誇らしく感じられたらいいなと思えることができました。
他者を通して、自分をほどいていく
取材の終わりに、吉田さんから「手持ちの手段を棚卸するワークシート」をいただきました。「私は何者か」「私は何を知っているか」「私は誰を知っているか」という問いから、自分の関心を整理するもの。自分が何を大切にしてきたかを、ゆっくり振り返る時間にもなります。
次のステップとして、自分の関心を他者に伝えることが「小さな融合」のきっかけになると、吉田さんは話してくれました。自分では気づけないような当たり前や、埋もれていた可能性が、誰かとの対話によって浮かび上がることもある。まるで一緒にキルト作品を生み出していくような感覚かもしれません。
とはいえ、「自分の関心ごとなんてちっぽけで、人に見せるのは恥ずかしい」と思ってしまう瞬間もあります。でも、吉田さんの本で紹介されていた「許容可能な損失」という考え方を知り、ほんの一歩が踏み出せそうになりました。人に話してみたところで、私にとって大きなリスクがあるわけではない。考えすぎても仕方がない他人からどう評価に、ほんの少しドキドキするだけです。それよりも、ずっと内に秘めたままでいる方が、出会えたかもしれない機会を逃してしまうかもしれないと感じました。
吉田さんとの取材の話に焦点があたった編集後記でしたが、今回の編集を通して、他者を通して、自分を知る。そこから思いがけない広がりや体系が生まれることもある。その可能性に、少しでも心が動いたら素直に耳を澄ませてみたいなと思うことができました。
先日、うしぼくのメンバーにもワークシートを試してもらいました。これもまだ「プロセスの一部」にすぎませんが、これからじんわりとつながりが育まれていくことを期待することができる時間となりました。
人の関心ごとに関心を持ち、すぐに答えを出せなくても懸命に耳を傾けられる、そんな編集者でいたいと思うことができた今号。牧場と編集、一見つながりがなさそうに思えるかもしれません。でも、大きな枠組みの中で強引に結びつけるのではなく、ひとりひとりのアイデンティティを尊重しながら、混じり合い、思いがけない科学反応が起こる瞬間を愉しんでいきたいと思います。
筆:うしぼく通信 企画編集 株式会社KUUMA 北田愛
参考文献:吉田 満梨,中村 龍太 (2023)『エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」』ダイヤモンド社